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心とからだの回復‐その包括的アプローチについて‐         理事長 本田 徹

NPOみどりの風は、富山県に在住する医師、臨床心理士、建築士、富山大学講師・研究者、管理栄養士などが集まり設立されました。それは今に生活する人々の心身の健康維持、促進、回復をめざす非営利団体です。 しかし活動の中核を担っているのは、私をはじめそれぞれの分野で、実際に職業を持ち活動している人たちが多いため、NPOとして未だ十分な組織性と活動性を持っているとはいえません。発足以来、続けている 月一回の健康講座や、呉羽山の中腹に二年前に完成した呉羽山荘保養館を利用しながら、私たちの、キー・ワード「休・食・動・知・人・然」(キュウ・ショク・ドウ・チ・ジン・ゼン)の理念にもとづいて活動を 細々と続けている次第です。まずここでは私たちの理念について紹介させてもらいます。

「休」とは・・・
休息のことです。身体の休息に、あるいは精神的な休息にしても、「休息」というのはただ休むということではないことが、私たちに分かってきています。頭を休ませる、こころを休ませるといっても、 悩みと気がかりがあれば、上手く休むことはできません。また体の休息といっても、緊張し張ってしまった筋肉の凝りは、ただ放置しているだけでは疲労を蓄積するばかりです。人間とは皮肉な生き者です。 休息させるにも、休息させる働きかけが必要です。ではどんな働きかけがよいのか、「みどりの風」は、これまでの知識を踏まえてそれを実践する場と行動を提供しようとする目的を抱いています。

「食」とは・・・
文字どおり私たちの食生活のことです。しかしそれが意味することは、とても深く重大な広がりを持っています。実は「食」の原点は、お母さんの「おっぱい」です。栄養学的な健康、数値に表される食事療法は 私たちが獲得している成果ですが、「食」という行為には、そこにある喜び、人としての触れあい、家族の絆などさまざまな人間的な問題を含んでいます。このことは飽食の時代、摂食障害・拒食・過食で悩む人々の増加など、 社会的な精神的な病理が、端的に食べることに影を落としていることがあらわしています。子どもが「おいしい」といって喜ぶ姿を喜べなくなったとき、その家族のあるいは親子は基本的関係性を失っていると いえるのかもしれません。家族とは「食卓」のこと、そう言った人のことを思い出します。

「動」とは・・・
動くこと、運動のことです。運動が大切なことも誰でも了解していることです。それが何故できないのか、それはたしかに個々人の意識性、やる気の問題かもしれません。しかし果たしてそんなに簡単に、 この問題をかたづけてよいものでしょうか。運動する時間をあなたはどの様に作り出していますか。理想的な運動を作り出すために、人は何かを犠牲にしなければならないかもしれません。何かを得るには 何かを失う、運動の為に、社会的立場、睡眠時間、家族との交わりの時間、それらを犠牲にしなければ成らなかった人を知っています。また、運動、体を動かすという負荷をかけすぎてうつ病になった人がいます。 自分に厳しすぎて疲労してしまったのかもしれません。では、私たちが生活の中で折り合い、喪失に満ちた運動ではなく、楽しさと満足をもたらすあり方は、どうしたらいいのか、そうした問題を、考えなければ ならない時代だと私たちは感じています。

「知」とは・・・
知ること、知識のことです。私たちは、基本的に現代まで積み上げられてきた知識の集積を大事にしています。その限界をふまえて、最大限の知識を私たちの活動に参加する人たちに開示し、提示すること を志しています。会で始めた、摂食障害を持つ人の家族に対する心理教育プログラムの実践もその一貫ですし、食について、休息について、睡眠について、うつ病について、ストレスについてなど、 毎月行われている健康講座も、そうした思いにもとづいて行っています。知るということは、私たちの「力」なのです。

「人」とは・・・
人と人との結びつきのことです。その結びつきを考え取り組もうというのが、この標語・キー・ワードの意味です。「人はどんなに辛いことでも、ひとひらの人とのふれあいが人を救う」、そんなものでは ないでしょうか。私たちは交流の場、語り合える場、日常の制約された感性から少し離れて人と「ふれあう」時と場所を提供できればと思っています。また私たちはそれを求めてもいるのです。

「然」とは・・・
自ずから与えられた環境・その姿、つまり自然のことです。呉羽山荘・保養館の後ろには、林間を歩く遊歩道があります。西に大伴家持が歌った二上山が遠望でき、眼前に射水平野が広がります。梨畑に囲まれ、 桜、梨の花、夕陽、野草など、四季の自然にあふれます。その場所自体が魅力的であると同時に、何より、山荘・保養館が、社会のしがらみから一時的に離れることができる場所にしたいと思っています。 実は私たちに自然は、自然そのものに接することによっては現れてきません。それは普段身にまとった社会、世間、立場、思惑など気づかずに着込んだ幾重にも重ねられた衣を脱ぎ捨てることによって、 初めて出会えるものなのです。そんな衣を脱いでいられる場所と機会、それを提供できればと思っています。それも私たちのNPOの願望です。

いろいろ書きつらねてきました。それは私たちの願望、志向性としてのヴィジョンが色濃く反映した文章であったことを否定しません。言葉はいくらでも現実を無視し、すべるように 世界を作ってみせることができます。私はあえて、それを承知で「休・食・動・知・人・然」という、この会の理念、志向性を書きました。
しかし、健康と自分らしさへの渇望は、細切れでなく包括的でなければなららないと思っています。細切れの健康、例えばお腹周りの数値、血圧の数値、コレステロールの値など、悪玉・善玉、血液さらさら、 何々は癌にいい、コラーゲン・をはじめ何々がいい、ストレス、睡眠、など、健康ストアの言葉のショウ・ウィンドウにこころをゆすぶられ、動揺するのは大切な人生において、時間の無駄ではないかと考えています。 風評被害は、常に私たちの日常を浸食しています。 私にも分からないことがいっぱいあります。是非、心ある人たちがNPOみどりの風に集い、人間の健康ということにとっての、「本当の何か」、「本当に大切なもの」を探す試行錯誤をしてみませんか。